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上の言葉は写真家の故ドロセア・ラングのものです。 訳してみれば、「写真を撮るのにかかるのはほんの一瞬、しかし被写体は写真の中で永遠に生き続ける」でしょうか。 写真を撮る側として、私の好きな言葉です。 |
また、写真は誰かに鑑賞されて初めてその価値を得ることが出来ます。 被写体を目にした時に、写真家は「自分が美しいと思うこの瞬間の映像を、後々で誰かと分かち合い」と考えます。 美しいだけが写真ではないというのであれば、自分の心に訴えたこの瞬間、この被写体、でもいいでしょう。 そうして写真に納まった被写体は、撮られた瞬間の写真家の気持ちを他の誰かに伝えるべく、今後は鑑賞する側の人間に観てもらう必要があるのです。 美しい写真を観たとき、ああ、キレイだなあ...と思うでしょう。 それは、観る側の人間は写真家のその瞬間を疑似体験していることになるわけなのですね。 |
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時間を止めることは出来ないけれど、時間を止めるフリが出来るのが写真です。 それはまさに、鋭利なナイフで時間にさっと切れ目を入れるようなものかもしれません。
そんな風に流れる時間を切り取った耽美の世界、私が惹かれるのはそんな世界です。 |